大判例

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秋田地方裁判所 昭和60年(レ)23号 判決

控訴人

株式会社大信販

右代表者代表取締役

平野一雄

右訴訟代理人弁護士

谷正之

安田隆彦

被控訴人

小助川明人

右訴訟代理人弁護士

内藤徹

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決を取消す。

2  被控訴人は、控訴人に対し、金三八万三六七二円及び内金三六万八〇〇〇円に対する昭和六一年四月一日から支払ずみまで年二九・二パーセントの割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

4  仮執行宣言(2項につき)

二  控訴の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  被控訴人は、昭和五七年九月一二日、訴外クロスコンチネンタル株式会社(以下「訴外会社」という)との間で英会話学習用カセットテープ等(以下「本件商品」という)を金三六万八〇〇〇円で買いうける契約(以下「本件売買契約」という)を締結した。

2  被控訴人はその際、意思表示の受領につき、控訴人を代行する権限を有する訴外会社を通じて、控訴人に対し本件売買契約の代金の立替払契約の申込をなし、控訴人はこれを承諾し、左記の立替払契約(以下「本件立替払契約」という)が成立した。

(1) 控訴人は、被控訴人が訴外会社に対して支払うべき本件売買契約の代金三六万八〇〇〇円を訴外会社に立替払する。

(2) 被控訴人は、控訴人に対し、右立替払代金三六万八〇〇〇円及び手数料金一〇万八一九二円の合計金四七万六一九二円を昭和五七年一〇月末日限り金六九九二円、昭和五七年一一月から昭和六一年三月まで毎年一月、八月を除く各月末日限り金六八〇〇円ずつ三四回、昭和五八年一月から昭和六一年一月まで毎年一月、八月の各月末日限り金三万四〇〇〇円ずつ七回、計四二回に分割して支払う。

(3) 遅延損害金は年二九・二パーセントの割合とする。

3  訴外会社従業員訴外西脇保司(以下「訴外西脇」という)は控訴人の委任を受け昭和五七年九月一三日被控訴人に電話し、本件売買契約及び本件立替払契約の成立、内容等を確認し、被控訴人の了解をとつた。

4  控訴人は、昭和五七年一〇月三〇日、訴外会社に金三六万八〇〇〇円を立替払した。

5  昭和六一年三月末日の右最終弁済期が経過した。

6  よつて、控訴人は被控訴人に対し、本件立替払契約に基づき金四七万六一九二円から昭和五八年四月分以降の未経過手数料九万二五二〇円を差引いた金三八万三六七二円及びうち立替元金三六万八〇〇〇円に対する最終支払期日の翌日である昭和六一年四月一日から支払ずみまで年二九・二パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2、3の事実は否認する。被控訴人は訴外会社秋田支店において「CCI CREDIT」「お申込の内容」と題する書面に署名しているが、海外旅行クラブの入会申込みと考えて署名したものであり、カセットテープの購入や立替払契約締結の意思など全くなかった。

2  同4の事実は不知。

三  抗弁

1  錯誤

被控訴人は、訴外会社従業員から本件売買契約は、海外旅行へ半額でいけること等を主たる内容とする会の会員になる旨の契約であり、入会すればハワイやニューヨークに半額で行くことができるなどと説明され、それが主たる動機となつて本件売買契約に至つたものである。したがつて、右動機は黙示的に表示されているものであり、本件売買契約は被控訴人の錯誤により無効である。そして右売買契約を前提とし、これと一体不可分の関係にある本件立替払契約も無効に帰する。

2  信義則違反・権利濫用

訴外会社従業員古谷は、全く面識のない被控訴人に突然電話をかけ、実質は英会話用テープの販売が目的であるのにもかかわらずこれを秘し、「貴方は今度成人になつたが当社の選考の結果アクションクラブのメンバーに選ばれたので明日秋田支店まで来てほしい」などと申し向けて被控訴人との接触をはかり、訪れた被控訴人に対してパンフレット等を示し、入会すれば海外旅行に半額で行けることなど興味をそそるような内容を三〇分余りにわたつて説明した上で、海外旅行に行くために会話を勉強する必要がある。とにかく申し込まなければだめだ、他の人もみんな申し込んでいる、などと執ように契約書への署名を強いて被控訴人を混乱に陥れ、商品の説明もないまま強引に本件売買契約及び立替払契約の契約書に署名・指印せしめたものである。かかる経緯、状況からすれば右契約書をたてに契約の履行を迫ることは信義則に反し、権利の濫用である。

四  抗弁に対する認否

すべて否認する。

本件売買契約と本件立替払契約は別個独立の契約であり、控訴人自身には被控訴人主張のような信義則違反の事由は存しない。

五  抗弁1に対する再抗弁

本件売買契約について被控訴人の錯誤が存するとしても、右錯誤には以下のとおり重大な過失が存する。

(1)  本件契約書・パンフレットには商品の種類・数量の記載及び写真が掲載されており、又被控訴人は説明にあたつた訴外会社従業員の面前で署名・指印しているのであるから、契約内容等については容易に確認できたはずであるのにそれもせず漫然と署名・指印した。

(2)  昭和五七年九月一三日、訴外会社従業員西脇が被控訴人に対し、契約申込・契約内容・支払金額及び返済方法等につき、確認照会の電話をなしたところ、被控訴人は了解した旨回答した。

六  再抗弁に対する認否

否認する

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1、2について

〈証拠〉を総合すれば次の事実が認められる。

1  被控訴人は昭和五七年九月一〇日が満二〇歳の誕生日であつたところ、翌日の同月一一日夕刻、突然全く面識のない訴外会社の営業担当社員訴外古谷裕子(二〇歳代の若い女性、以下「訴外古谷」という)から自宅に電話がかかり、成人になつたことを祝福されるとともに、海外旅行に安く行ける等の特典があるアクションクラブの会員に選ばれたので、訴外会社の秋田支店まで来て話を聞いて欲しい旨依頼され、次いで、同月一二日昼ごろ被控訴人の職場に訴外古谷から再び電話がかかり、右支店まで来て欲しい旨催促されたので被控訴人は、同日午後二時ころ訴外会社の秋田支店を訪れた。なお、訴外古谷は、右電話の中では、本件商品及びその販売のことについては全く触れなかつた。

2  右秋田支店には同年齢の若者が一〇人ほど集つていたが、被控訴人は一人別室で訴外古谷及び訴外会社の二〇歳代の男子社員から説明を受けたが、同人らは、先ず、海外旅行に関するような写真の掲載されたパンフレット(甲第二号証、その内容は一瞥しても何を目的として作成されたものか判然としない)を示して、海外旅行のこと及びアクションクラブのメンバーは海外旅行に半額で行けること等を一方的に話し、そのうち英会話を覚える必要がある旨の話がなされ、三〇分ほど説明が続いた後「CCI CREDIT お申込の内容」と題された書面(乙第六号証、以下「本件申込書」という)の申込者欄に署名等をするよう求めたのに対し、被控訴人が署名することを躊躇すると、訴外古谷らは「ほかの人たちも多数申込んでいる」等と執拗に署名することを求めたため、被控訴人は困惑するに至つたが、結局右の勧誘に押し切られて右書面の申込人欄に署名し(なお、印鑑は持参していなかつたので、右古谷の指示により指印を押した。)、住所等の必要事項を記入し、その後訴外古谷が被控訴人の面前で商品名欄に「モダンアメリカンスキッツ」等と書き、代金、支払方法等の数字を記入した。これに対し、被控訴人は、その場では格別の異議を述べることもなく、右記載後、訴外古谷から後日商品が届く旨の話を聞き、本件申込書及び前記パンフレットを受け取つて帰宅した。

なお、本件申込書は、表に不動文字で商品名「LEIPOS 英会話トレーニングプログラム、カセットテープ七二本、テキスト二四冊、豪華ケース一二巻付、現金販売価格、分割払手数料」等の文字のほか、裏に契約の詳しい条項が印刷された、訴外会社から購入した本件商品の代金につき控訴人に対し立替金の支払を申し込む旨の申込書であつた。

3  訴外会社の従業員訴外西脇は、同月一三日、被控訴人に電話し、本件立替払契約の成否等を確認したが、被控訴人からは格別の異議も出なかつたため、訴外会社はその後被控訴人に対し本件商品を送付し、被控訴人は同月一六日ごろこれを受領した。

4  控訴人は同年一〇月五日ごろ訴外会社に対し、本件立替金三六万八〇〇〇円を立替払いしたが、被控訴人は、右立替金の支払をせず、同年一一月下旬に訴外会社に対し本件商品を返送し、本件紛争に至つた。

以上の事実が認められ、〈証拠〉中右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右事実によれば、請求原因1、2記載の各契約が成立したものと認めることができる。

なお、被控訴人は、本件申込書に署名した際、これが本件立替金契約の申込みの書面である旨の認識はなかつた旨供述するが、右認定事実に照せば、右供述は到底措信することができず、他に右各契約成立の事実を覆すに足りる証拠はない。

二錯誤について

被控訴人は、本件売買契約は海外旅行に半額で行ける会に入会することが動機となつて締結した旨主張するが、後記認定のようにそもそも当時被控訴人は、海外旅行に関する興味は乏しかつたというのであるから、被控訴人がそのような動機に基づいて本件売買契約を締結したと認めることはできず、被控訴人の錯誤の抗弁は失当であるといわざるをえない。

三信義則違反について

本件売買契約及び本件立替払契約締結に至る経緯は前記一で認定したとおりであり、これに加え、〈証拠〉によれば、本件申込書作成の際、訴外古谷らから被控訴人に対する勧誘、説明の中では本件商品の内容、本件立替金契約の内容等については殆ど触れられず、したがつてこれらに対する明確な説明はされなかつたこと、被控訴人は本件当時ゴルフ場に勤務し、芝刈り等の業務に従事していた者で、給料は月七万五〇〇〇円位であつたこと、また学生時代(高卒)の学力も劣り、英会話に関する学力は殆どなく、英会話に対する興味は全くなく、海外旅行に関する興味も乏しかつたこと、したがつて、被控訴人が、代金三六万八〇〇〇円及び立替手数料金一〇万八一九二円計四七万六一九二円もの高額な出費をして本件商品を購入することをうなずかせるような状況は全く存しなかつたこと、訴外会社は本件商品等の英語教材を販売する会社で、本件のような方法で販売を行つていたものであるが、これらの販売については当時すでに秋田県生活センターに対し購入者らから何件もの苦情が出ていたこと(昭和五七年度一二件、昭和五八年度一〇件、昭和五九年度(四月まで)二件)、訴外会社は本件商品の販売について信販会社である控訴人と提携し、顧客に対する立替払契約の電話確認等も訴外会社が代行して行つていたことが認められ、〈証拠〉のうち右認定に反する部分は前掲証拠に照して措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

以上の事実によれば、訴外古谷らの被控訴人に対する本件商品販売の勧誘は、本件商品を販売する意図を秘して、若い女性が二〇歳になつたばかりの青年に対し、「アクションクラブ」という若者向きの名前の会の会員に特別に選ばれたと言つて、その会員になると何か特典が得られるかのような錯覚を起こさせる言葉で関心を引き、被控訴人を訴外会社まで呼び出し、海外旅行等の話ばかりして、真の目的である肝腎の本件商品及び本件立替払契約の内容について必要な事項の説明もしないまま、被控訴人に対し、執拗に本件申込書に署名を求め、困惑した被控訴人の意思を押し切つて、被控訴人にとつて全く必要がない高額な本件商品の立替払契約の申込書に署名させたものである。(なお、〈証拠〉によれば、社団法人日本割賦協会が、昭和五五年四月二三日制定した「英語教材訪問販売部会販売倫理規程」には、客の経験、知識欠如につけ込んだ販売方法により取引を行つたり、特に選ばれた人と称して、訪問目的をかくして客に接近したりしてはならないとされ、また販売員は、客に対し、商品の内容、役務の内容、価額などについて、正確真実な情報を提供すると定められている。)

ところで、本件立替払契約と本件売買契約は法律的には別個独立の契約であり、本件立替払契約締結の際は控訴人の従業員は関与していないものの、右両契約は同一の機会に一通の申込書で締結されているうえ、本件立替払契約は、本件売買代金支払の手段として締結されたもので経済的には本件売買契約と密接な関係があり、またその手続においても訴外会社の従業員が控訴人を代行して本件立替金契約の申込書の記載及びその受領に関与するとともに、同契約の成否につき電話による確認にも当る等両契約はいわば相互依存の関連性があつたものである。してみれば、かかる事情のもとに締結された本件立替払契約に基づく債権を、控訴人が被控訴人に対し行使することは信義則に反し許されないものというべきである。

四以上によれば、控訴人の本訴請求は失当として棄却すべきであり、これと同旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官福富昌昭 裁判官宇田川 基 裁判官稲葉一人)

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